timeless



もっとも親しく遠い町は、ふるさと。
それと同じに大切なだれか、
さらにこのひとりに向かう旅なら、
はるばる一生がかりになる。

石田千「からだとはなす、ことばとおどる」より



恋人の誕生日にプレゼントしたお香を
自分用にも少し買って、
たった今、部屋で燻らせている。
部屋を居心地よくしてくれる匂いに目を閉じて
すーっと深呼吸をして思い浮かぶのは
1ヶ月経っても、電話口で
「今、お香焚いてるよ〜」と
嬉しそうに教えてくれる
恋人の声や想像できる表情。
それだけでも、彼のことを
少しくらい知ることになる。

恋人の実は細やかな心や
言葉とうらはらに真面目なところ、
どこまでもやさしいところ、
ずっとずっと愛情深いこと
そこからやってくる気遣いのあれこれに
気が付くようになった。
いつもわたしは半歩どころか何歩も遅い。

職場にいつも30分以上前に
着くように家を出ていることも、
家族のことを本当に大切に想っていること
朝方、愛情の表現が足りない様な気がして
と言いながら二人で眠りに落ちたこと
そしてわたしが思うよりもずっと、
彼はわたしの一挙手一投足、
咄嗟の一言に傷ついたり、
不安になったりもするということ。
ボウリング行きたい、の一言で
普段はあまり自分のしたいことを
言わないことにも気付いた。

彼はわたしとだけ生きているわけではない。
(それはわたしだってそうなはずなのだけど)
家族や仕事、友人とだって
いろいろなことがあるだろうに、
わたしに向ける眼差しだけしか
わたしは知らないから、
それだけに満足して、安心して、浮かんで、
わたしってば背後や周囲のことを想像しかけて、
でも想像にしか及ばないことを考えたら
詰まってしまうからやめて
ただ甘えてしまう。もたれかかってしまう。


今日、朝もしっかり目覚めてお風呂にも入って。だけど学校にいかなかった。そういう気まぐれさを星の数ほど積み重ねて、たくさんのものや人を失くしたり取りこぼしたりしてきたのだろうなと思う。「ゆるされる場所、というのはあたたかいけれど苦しい。」わたしがへらへら笑ってる間に、ほんとは見てなきゃいけなかったものに気付かずに、あるいは気付かぬふりをしたりして、そうっと遠避けてきたのだろうな。泣くの似合わないよ、笑ってなよって痛みを引き受けてくれた誰か。見るべきものなら引き受けてくれようとする誰かに渡さずにね、自分で受け取ってみたいと思うけれど、これからも変われずこのままなのかな、わたし。

Webマガジンアパートメントに寄稿した「あのね」より一部抜粋、2012年


ゆるされている場所、
それはほとんどおうちだ。ふるさとだ。
そんな場所ををもらっているのに
今のわたしも相変わらずなのだなと苦笑いをする。
でも、ひかりの真ん中で生きていくのなら、
変わってみたいと思う。
これは、わたしがあなたからもらったものの中から
あげたいものだ。
わたしはあなたのひかりに呼応するように、
居ることができているだろうか。
わたしがもらっているように、
手渡すことができているだろうか。

そして、恋人にある夜話したことを思い出す。
わたしは場所のような人になりたいと。
まずなによりも、
雨や風をしのぐ場所のようになりたい。
そこにいれば
どんなに激しい雨が降っていても濡れずに済むし、
凍える風が吹く日には
温かいものを口にすることができる。
壁や窓を隔てて移り変わる外の状況から
身を離すこともできる。
そんなふうに人生の風雨から
あなたを守られるような。

お香を贈ったのは、
好きだと聞いていたこともあるけれど、
部屋という場所にいるときに
ゆったり安心して過ごして欲しかったから。
贈ったものから、
こんなにわたしがもらうことになるとは思わなかった。



お題「お香」



あたらしい手にさわる

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